配線なき未来を実現する“技術×実行力”の壮大な展望
今後の社会の鍵を握るIoT、自動化の波。しかし問題は、無数のセンサーをどう保守するか。
製造ラインの断線、インプラントのバッテリー問題 etc.。そこに現れた、革新的な解決策——。
“配線のないデジタル世界”を目指すスタンフォード大学発のスタートアップ、エイターリンク。
進化したワイヤレス給電で、多種多様なセンサーや体内埋め込みデバイスなどへ的確に電力を供給し、
電力と情報の新しいネットワークを構築する。共同創業者の田邉 勇二と岩佐 凌、
KIIの投資担当者・野村 直児に、その驚くべき実力と社会に及ぼすインパクトを尋ねた。
“空気中にコンセントがあるかのような”世界初の無線給電技術
岩佐:弊社はワイヤレス給電技術によって“配線のないデジタル世界”を実現するため、2020年8月に田邉と私によって共同で設立されました。その基盤となる技術が、世界初の実用レベルの空間伝送型ワイヤレス給電システム「AirPlug™」。この命名は、「空気中にコンセントがあるかのように、ワイヤレスで給電できる」というコンセプトを表現したものです。
田邉:現在の注力領域は、大きく3つに分けられます。まずはFA(Factory Automation)。工場の自動化には異常などを感知するための膨大なセンサー群が必要ですが、接続ケーブルが可動部に挟まったり、劣化・消耗によって断線したりする例が頻発し、製造ラインの停止や修理コストなど極めて多額の機会損失が発生しています。これをワイヤレス給電に置き換えることで、メンテナンスフリーなセンサーネットワークを実現します。
次にビルマネジメント。一例として、今の空調システムは温湿度の計測位置と利用者の位置が離れており、空間内の温度差を感知できないなど、大きなロスが生じています。ワイヤレス給電の環境センサーを随所に配置すれば、利用者の人数や位置に応じて最適かつ、電力消費を抑えた空調管理が可能になります。
そして医療の領域では、バッテリー交換が不要なインプラントデバイスによる病気の治療や予防を目指しています。例えば現在の心臓ペースメーカーは定期的な手術によるバッテリー交換が必要ですが、ワイヤレス給電によってこれが不要となり、埋め込みデバイスのサイズも超小型化できます。
岩佐:これらを可能にするのが、弊社独自の技術です。従来は数十センチが限界とされていた伝送距離において10メートル以上を達成。さらに、机の裏側をはじめとする場所や可動部などアンテナの角度を問わない設置を可能とし、低消費電力による高速データ通信の実現につなげていきます。
——こうした技術は田邉さんがスタンフォード大学で取り組んでいた研究が元になっていますが、どのような経緯で創業を決意されたのでしょうか。
岩佐:17年のことですが、私が商社で自動車関連のプロジェクトに従事していた頃、シリコンバレーで人づてに田邉と出会い、「この技術を事業化できないか」と考えました。でも周囲からの反応は「ワイヤレス給電は終わった技術だ」というもの。携帯電話の充電に使われる国際標準規格「Qi(チー)」を最後に、他に応要可能な実用領域は存在しないというのです。それでも諦めきれず、田邉に一時帰国してもらってはさまざまな会社へ赴き、プレマーケティングに取り組みました。そのなかで事業化の手応えを得て、会社を設立したという流れです。
田邉:私自身、「研究者の起業はむしろ当たり前」というスタンフォード大学の風潮のなかで、指導教授からも常々「ここはずっといる場所じゃない、早く独立しなさい」と言われていました。だからこそ「後悔するよりはチャレンジしたほうがいい」と、共同での起業に踏み切ることができました。
先入観を覆すインパクトで、世界市場を目指す
——翌21年10月にはKIIが出資を行い、野村さんも社外取締役として経営に参画されています。実はご自身も、過去にワイヤレス給電の開発に携わっていたそうですね。
野村:はい。2011年、携帯電話に初めてQi規格が搭載された時に携帯電話会社のエンジニアとしてプロジェクトに携わっていました。その経験があったからこそ、21年2月に岩佐さんのピッチを聞いて大きな衝撃を受けたのです。
というのも、導入者がワイヤレス給電を採用するまでには数多くのハードルがあります。まずは「有線で十分」という考え方。もし無線にするとしても「電池で賄えばいい」と思ってしまう。さらに充電効率や発熱の問題、安全性やコスト面のハードルをクリアして初めて「ワイヤレス給電しかない」という決断に至るわけです。ところがエイターリンクはこうしたハードルをすべてクリアした上で、ワイヤレス給電ならではの革新的な実用性を提案している。「これはすごい」と感銘を受け、すぐにコンタクトを取りました。
田邉:私たちにしてみれば、ワイヤレス給電に携わった経験のあるキャピタリストと巡り会えたこと自体、奇跡のような話だと思いましたね。
岩佐:私も同じ所感です。当時は正社員は我々2人だけ、業務委託を含めて計4名という体制ながら、ビジネスの座組みはできつつあり、顧客からの入金もある状態でした。実は弊社は1、2期目から黒字を達成しており、売り上げの成長率も350パーセント以上を維持しています。しかし、人材を確保して組織的にも成長していかなければならないフェーズを前に、ぜひご一緒させていただきたいと考えました。
野村:エイターリンクは研究開発型ベンチャーでありながら、最初から経営的に成功している非常に珍しいケースといえます。まずは人的リソースの少なさをカバーするために、私もできることから身を入れて関わることにしました。例えば、ワイヤレス電力伝送技術の制度化や標準化に取り組む業界団体「ブロードバンドワイヤレスフォーラム(BWF)」においては、920MHz帯のワーキンググループでリーダーとして意見を取りまとめ、総務省に提言を行っています。
——設立当初から重点領域を一つに絞ることなく、FA、ビルマネジメント、医療の3領域展開としてきたのは、なぜでしょうか。
田邉:背景にあるのは、今後の急拡大が予想されるIoTデバイスの普及や工場設備の自動化を見据えていること。技術の社会実装を図る上で、これらの領域で実用化を達成できれば、さらに応用範囲を広げていけると考えました。
岩佐:投資家の方からはほぼ必ず、「領域は一つに絞ったほうがいい」と言われます。経営戦略の基本である“選択と集中”に反するというのが、その理由です。でも私たちは、当初からグローバル市場に視点を定めています。ワイヤレス給電はジェネラル・パーパス・テクノロジー(GPT/汎用技術)であり、一つの領域に限定されない可能性を持っている。だからこそ、FA、ビル管理、医療を突破口としつつ、“どこでも使える技術”としてデファクトスタンダードを取っていきたいのです。
田邉:その上で重要なのはデバイス単体ではなく、数多くのデバイスのデータを管理して統合するシステム全体の構築です。そのために、まずハードウェアをグローバルに普及させ、後からソフトウェアでアップデートをかけていく仕組みを構築したい。つまり、先行きとして見据えているのはより大きなデータビジネスとしてのビジョンであり、ワイヤレス給電はあくまでその手段に過ぎません。
野村:私自身、お二人が描いているビジョンの壮大さに驚かされた一人です。その実現可能性を考える上で、アンテナ専門の研究者でありながら、技術だけにとらわれない田邉さんの発想力と、それを社会実装に向けたソリューションへ的確に結び付ける岩佐さんの実行力が組み合わさり、大きな力を発揮していると感じます。
発展と環境保全を両立する、“未来の汎用技術”実現への道
——まさに壮大な目標を掲げる一方で、現在の手応えをどのように感じていますか。
岩佐:FA領域では、23年初頭からエンドユーザーへの導入が始まります。テストの導入先も決まっており、量産をスタートさせる段階ですね。ビルマネジメントに関しては、世界最大規模のテクノロジー見本市「CES 2023」(1月開催)でプロダクトを世界向けにお披露目し、春頃から国内の受注先で順次導入を図ります。一方でメディカル領域に関してはR&Dを進め、数年後の実用化を目標にしています。
組織としても、現在は30名程度の体制ですが、この先1年間で100名の採用を計画しています。さらにアメリカで2拠点、ドイツに1拠点を展開し、世界進出の足がかりとしていきます。
田邉:これらと並行して、独自の半導体開発も進めています。23年には量産モデルを完成させる予定で、ポートフォリオとしてもある程度道筋が見えてきました。これを「AirPlug™」に組み込むことで、誰もが新しいワイヤレス給電のアプリケーションを開発できるプラットフォームの基盤にしていく想定です。
野村:ハードウェアスタートアップという初期形態を考える上で、このスピード感は極めて有効だと思います。この段階としては早々に優秀なCFO(最高財務責任者)が参画されていますし、バックオフィスを拡充して事業が回る仕組み作りも進んでいる。そのなかで私としては、引き続き規制緩和のために力を注ぎつつ、次の資金調達で世界に打って出る下準備に取り組んでいきたいと考えています。
——この技術を世界展開していくことで、この先の社会にどのようなインパクトを与えていきたいと考えていますか。
岩佐:やはり、誰もがワイヤレス給電のプロダクトや仕組みを作ることができるようになるという点に尽きると思います。それによって、経済的な社会の発展と環境保全という、これまでは両立し得ないと思っていたものを同時に叶えていくことができる。ここが最大のポイントではないでしょうか。
野村:“終わった技術”だと思っていたワイヤレス給電の新たな可能性に人々自身が気付かされることで、新たなサービスやアプリケーションがどんどん生まれていく。非常に大きな可能性がありますし、個人的にも使命感を持ってサポートしていきたいと日々実感しているところです。
田邉:その意味でも、野村さんには多方面でサポートいただいていると感じています。金融的な視点だけにとどまらず、通信系の特許戦略に通じた人材を紹介いただいたり、技術的にも私たちのことを深く理解していただいたり。「こんなベンチャーキャピタリストがいたのか!」という印象ですね。
岩佐:KIIには、シード段階からシリーズA、Bへと至る基礎の部分を固める上で非常に大きなサポートをいただいています。事業を一緒に盛り立ていく上で、野村さんのように技術的な知見を持ったキャピタリストがもっと活躍できるようになれば、日本はもっと大きな飛躍を遂げていくはずだと思います。
野村:私にしても、お二人と一緒に仕事ができることを光栄に思います。田邉さんが技術を進展させる一方、岩佐さんはその可能性にまだ気付いていない人たちに向けて、その価値を何倍、何十倍にも高めていく。その大胆さには驚かされるばかりです。
岩佐:ありがとうございます。まさにそこが研究開発型ベンチャーにとって最も重要なところであり、面白いところです。実際に、野村さんの尽力のおかげで今年の5月26日には省令改正が成功し、適合となるワイヤレス給電の第1号を世界で初めて取得することができました。今後の大きな成長と可能性を目指してぜひ、これからも一緒にがんばっていきましょう!