世界初“3Dプリント義足”が救う人々の命

世界初“3Dプリント義足”が救う人々の命

今、世界には糖尿病による壊疽で足を失うなど、義足もなく暮らす人々が約9千万人もいるという。
死を待つばかりのその姿を前に、世界で初めて3Dプリンターで低価格・高品質な義足を製造し、フィリピンの貧困層に提供を行うインスタリム。
「ものづくりで世界を変える」決意と希望の物語。

糖尿病による壊疽を患い、義足もなく死を待つ人々

弊社はフィリピンのマニラと東京を拠点に、3DプリンターやAI技術を活用し、世界で初めてのフル3Dプリントによる義足を開発し、製品展開を目指しています。起業のきっかけは、私が青年海外協力隊で訪れたフィリピンのボホール島でのこと。2013年当時、私は3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械を備えた世界規模の市民工房のネットワーク「ファブラボ」のフィリピン初となる立ち上げを行うなど、インフラの乏しい地域でものづくりをアップデートしていくプロジェクトに携わっていました。この「ファブラボ・ボホール」で取り組んでいた、廃プラスチックを原料とするプロダクトなどが注目を集め、政府の高官から医療関係者まで多くの視察に対応する中で、ことあるごとに「3Dプリンターで義足は作れないのか?」という質問を受けたのです。

その背景には、貧困による栄養状態の悪さから糖尿病を患い、足に壊疽を発症した人々の姿がありました。貧困層の労働者の多くが、昔の「日の丸弁当」のように塩辛い魚や肉を主菜に大量の米を常食しており、糖質の摂り過ぎが原因で30〜40代で糖尿病に罹患する。予備軍を含めるとフィリピンの成人男性の実に1/3〜1/4が糖尿病だといわれ、国民の約1パーセントが足の血管障害から壊疽を発症しているというデータもあります。

壊疽を起こした足を切断しなければ、重症化し死に至る。でも患者たちは一様に、「切りたくない、切れない」と言うのです。足の切断手術を受けるにもお金がかかり、切ったところで義足もなく、働けなくなったら家族に迷惑がかかる、だから足が腐っていてもこのまま死を待つより他にない。義足がないということが、こんなにも人々の希望や意欲を失わせるのかと、大きなショックを受けました。

実は糖尿病は「貧困病」と呼ばれるなど、世界中の貧困層の間で大きな社会問題になっています。実情を知って、先進国の豊かさの陰で苦しんでいる人々を放っておくわけにはいかないと思い立ち、帰国後、3Dプリンターを活用してより安価な義足の開発を進め、2017年にインスタリムを起業しました。

世界初、3Dプリンターで膝下用義足の製造に成功

実は、義足を巡る問題は途上国だけに留まりません。まず、義足というものは基本的にオーダーメイドです。足の形や大きさ、切断部位は一人ひとり大きく異なるため、工場などによる大量生産では対応ができない。日本でも現状は、職人が手作業で石膏を削り出し、患者さんの装着部位にフィットするように仕上げていきますが、どうしてもコストが高くなり、数も多く作ることができません。途上国の場合、国際的な組織による支援の取り組みも行われてはいるものの、やはりコストと供給量がネックになっています。

右より、インドのNGOによる水道管パイプを利用した義足と、インスタリムによるフル3Dプリント義足、国際赤十字社による、パーツ同士を融着させた義足。

ここにあるのはインドのNGOと国際赤十字社が提供している義足ですが、水道管パイプを利用したり、プラスチックのパーツ同士を熱で融着したりして、できるだけ安く大量に提供できるように工夫をしています。でも、採寸も正確ではなく、内部の空洞に足先が入り込んだり、つなげた部分が折れるなどして、ケガを負うケースが後を絶ちません。糖尿病壊疽の患者の場合、靴擦れが起きただけで壊疽が再進行する原因になりますが、完全にフィットするものを作るのは至難の業です。それも大量に生産できるわけではなく、フィリピンの場合、大きな国立病院の装具製作所でも年間に約100〜150本程度。日本でいう義肢装具士のように医学や工学の知識を持ったスタッフもほとんどおらず、職人の数や技術に品質と生産量が大きく左右される状況です。

そこで私が着目したのが3Dプリンターでした。3Dプリンターを使えば、1本ずつ異なる形状のものをスピーディに、安定したクオリティで製造できるはず。しかし、3Dプリンターで膝下用の義足をまるまる1本製造するという話は、調べた限り世界のどこにも見当たりませんでした。理由としては、途上国向けに安い義足を提供するというビジネスモデルが成立し得ないと思われていること。そして、人間の体重を支える程の強度を3Dプリンターによるプラスチックの積層造形で実現するという、技術的なハードルが挙げられます。

事実、開発に着手したばかりの頃は「できるはずがない」と言われたこともありましたが、東京で研究開発に取り組む一方、フィリピンで医師の協力を得て多くの患者さんに装着してもらい、従来の売価の約10分の1の義足を完成させることができました。

https://www.youtube.com/watch?v=Fly0J2IbBls

動画「インスタリム ストーリー:必要なすべての人に義肢装具を届けるために(日本語字幕)」

喜ぶ人々の姿を原動力に、ものづくりでこの世界を変えていく

こうした手応えを得て、現在はKIIの支援のもと、事業展開に向けた仮説検証に取り組んでいる段階です。フィリピンから帰国後に慶應義塾大学SFC研究所の研究員としてリサイクルプラスチックによるものづくりに携わっていたことに加え、義足を通した社会課題の解決と、それを世界中の人々に届けるという事業性を評価していただき、19年に契約を締結しました。私たちにとってKIIは、いわゆる投資家のイメージに留まらず、様々な課題に二人三脚で取り組むなど、心強く親しい存在です。

それも含めて、このプロジェクトは本当に多くの方々の協力に支えられてきました。技術面だけでも、この義足に特化した3Dプリンター本体の開発に始まり、出力用のプラスチック材料、さらにソフトウェアも自社で開発。社内の義肢装具士と検討を重ねながら、足裏の部分を柔らかいゴム質の素材で地面と平行に積層し、下肢の部分を固く強度のあるプラスチックで垂直に積層するなど、医学的・運動科学的に痛くなく歩きやすい構造を追及しました。義足を患者さん一人ひとりにフィットさせるために、3Dスキャナーで切断部位の形を読み取り、弊社独自のアルゴリズムとAIによる機械学習によって、職人に代わって義足として最適な形状を作り出す技術にも取り組んでいます。これらの組み合わせにより、従来は不可能だった僻地でも高品質な義足を手に入れられるようなソリューションを、世界的に展開していく計画です。

このプロジェクトに対する私自身の想いですが、大手電機メーカーを辞めて起業した父の会社を高校生の頃から手伝う中で、「ものづくりを通して世の中を良くしていきたい」と考えてきたことがベースにあります。ある時、父とともに中国の製造現場へ赴いたところ、廃液を垂れ流している川のすぐ隣で野菜を育てている光景に、大きな衝撃を受けました。見た目の格好よさを謳いながら、下請けや途上国の人たちが苦しむようなものづくりに何の意味があるのか。そうではなく、関わる人間全員が幸せになるものを作りたいと考えるようになったのです。

今ではこの義足を通して、絶望に打ちひしがれていた人たちが「歩けるようになった、人生を取り戻すことができた」と喜ぶ様子に触れることができる。その喜ぶ姿は、本当に何物にも代えがたいものです。だからこそ、私たちが成功主体になり、この義足を世界中へと広げていきたい。そしていずれは、大量生産・大量消費に代わる適量生産・適量消費の道筋を示すことで、停滞した日本のものづくりの状況に、新たな風を吹き込んでいきたい。その日を夢見て、これからも努力を重ねていきたいと思います。

【公式サイトへのリンク】
https://www.instalimb.com/